期末テストに向けて
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2026/06/17
室町時代に起きた応仁の乱と下剋上、バラバラに覚えていませんか?これにはちゃんとしたつながりがあるんです。なぜ、応仁の乱がおきたのか?それは室町幕府の跡継ぎ争いが主な原因となります。この時代の将軍である足利義政(銀閣寺を作らせた人)には子供がいなかったため、弟の義視を跡継ぎにすることを約束していました。約束した後、息子の義尚が生まれます。これが原因で弟と息子の跡継ぎ争いが始まります。ここに,守護大名の山名氏と細川氏の争いや家督(家の跡継ぎ)争いが加わり11年も続く応仁の乱(1467年)が始まります。
応仁の乱がおこったことで、各地の守護大名が京都に集まり領国の主が不在になりました。守護大名の代理として守護代が領国を治め、守護大名より力をつけてしまいます。そうして、守護代の反乱がおこり下剋上が起こりました。流れをつかむと歴史もわかりやすい、応仁の乱から下剋上、わかりましたか?